【2026-⑲】使いきれなければ「買い取り」 有給休暇の買い取りは活用できるか
前回の記事【2026-⑱】では、有効期限目前で年次有給休暇をまとめて消化する「年度末駆け込み休暇」の原因や影響、対策を私が思いつく限り記載しました。
これらの現象は、私が労働組合の執行委員だったときに社内で毎年変わらず発生していて、私も身近にその実態を目の当たりにしていました。
同じように、「駆け込み休暇」に頭を悩ませている会社が多いのではないかと思って情報共有しましたが、共感する部分はあったでしょうか?
「ウチも同じだ!」と共感してくれた経営者のあなた。では今度は、こういった声を聞いたことはあるでしょうか。
「休みにくい計画を立てたのは会社だから、会社が休暇を買い取ってくれればいいのに」
私は過去に、この意見をよく聞き、要望を出されました。
みなさんも、一度は耳に入ったことはあるのでは。
有給休暇の取得促進に取り組むと、呼応するように上げられる「休暇買い取り」の声。
このような意見が上がるたびに私は組合として、「有休は休むための権利だから、まずは休むことを考えましょう」と答えていましたが、休暇買い取りを求める意見は出され続けました。
一部の例外を除いて原則禁止されている、年次有給休暇の換金。
有給休暇は休むための権利なので、会社がお金で買い取るのは本来の趣旨から外れた処置になります。
私が所属していた労働組合も、この手法には慎重であり、その会社の制度としては設定されていませんでした。
今回はこの「休暇買い取り」について、有効に活用する方法がないか、あえて探ってみることとします。
- どのような制度なら違法とならないか。
- どのような運用なら趣旨を損なわないか。
- どのように活用すれば、有給休暇の取得促進につなげられるか。
一般にはあまり好意的に認識されていない「休暇買い取り」を、会社の経営改善に結びつける方法はないか、一緒に考えてみましょう。
目次
1 有効な抑止策
2 「権利を使いきれないことがある」
3 まとめ
1 有効な抑止策
年次有給休暇の法的趣旨や休暇権利の買い取りが禁止されている理由、買い取りが可能な範囲についての説明は、ここでは省略します。
まず、休暇買い取りを求める心理をあらためて確認します。
- 休めないのは会社の計画の問題
- 休むと同僚や上司に負担がかかる
- 忙しい時期に休むのは気が引ける
- 結局、年度末にまとめて取るしかない
↓
休めない原因は会社にある
↓
会社には責任をもって、休めない分を補償してほしい
このような心理が働くものと思います。
労働者の権利と言われながら、労働によってその権利を行使できないとなれば、このような心理が生じるのは自然なこととも言えます。
このような心理を読み取ることで、休暇買い取りが有効な「抑止策」として活用できることがあります。
代表的な例を挙げてみましょう。
駆け込み休暇の抑止
前回の記事で話題に挙げた「年度末駆け込み休暇」。
これは、自分が持っている有給休暇の権利が2年の時効で消滅するのを避けるための行為です。
権利の消滅は本人にとって、何も残らないただの喪失でしかないので、何とか活用してその恩恵を得ようという考えが、この行動を起こさせます。
なので、「権利が消滅しても、何かが残る状態」を作ることで、この行為を抑止することが期待できるのです。
それが、「買い取りによる換金」です。
「時効で消滅する有給休暇の日数に応じて会社がお金に換えて支給してくれるなら、仕事の計画に影響を与えてまで無理に休みを入れる必要はない」
年度末に休暇をまとめて取得する人たちは、このような損得心理がはたらくのではないでしょうか。
駆け込み休暇が少なくなれば、会社は人員調整も計画変更も不要になり、予定通りの業績を出すことができる。
駆け込み休暇による悪影響を最小限にとどめることにつながるでしょう。
退職時の有休消化
会社に退職を申し込んでいる従業員が退職日まで有給休暇を取得して、最終出勤日よりかなり早く不在になる、事実上の離職状態に移ることがあります。というか、それが一般的です。
これを「有休消化」と言ったりします。
退職には、業務の引継ぎが不可欠。
数週間や数か月をかけて後任者に自分の仕事を教え、自分が不在となっても職場に支障が出ないように準備するのが普通です。というか、大人の常識です。
退職や転職が多い現代では、引き継ぎなしの有休消化の影響が大きくなっているようです。
退職者本人としては正当な権利行使ですが、退職される会社としては影響が大。簡単に黙認はできません。
そのような悪影響を抑止するためにも、「未消化となる休暇の権利を買い取る」という方法が効果を上げるでしょう。
使いきれず消滅した退職者の有給休暇の日数分を換金して支給する。
これも先ほどの「駆け込み休暇」の例と同じく、退職者は損得を秤にかけて、過度な有休消化を抑制してくれることが期待できます。
数多くの注意点
上記の二例はいずれも、「お金をくれるなら休まなくてよい」という心理に働きかける運用です。
この心理には功罪両面あるので、制度設計と運用には慎重を期してください。
誤った運用が定着すると、「お金をくれるなら休まなくてよい」という考えが過大に作用して、心身の疲労の回復という有給休暇の本来の意味が損なわれてしまいます。
また、会社が有給休暇の買い上げを予約し、本来取得できる休暇の権利を減少させることは禁じられています。
(昭和30.11.30基収4718号)
休暇の買い取りがあらかじめ決まっている趣旨の制度は違法となる可能性が高いので、買い取りの時期の設定も慎重に設計すること。
未消化となった休暇の権利を消滅した後に換金する事後的な制度であれば、買い取りは予約とならず合法となるでしょう。
「いくらで買い取るのか」という金額の設定も重要です。
休暇を買い取られる本人にとって、自分の休暇がいくらのお金に変わるのかは最大の関心事。
休暇買い取りの金額には法律の定めがないので自由に設定できる分、不公平感があれば労使の争いのもとにもなり得ます。
就業規則で設定する、あるいは対象者と個別に合意するなど、買い取りを実行する前に対策しておきましょう。
このように、主な注意点だけでもこれだけ挙がります。
年次有給休暇の運用は罰則の対象であり、最大6月の拘禁刑、最大30万円の罰金が科せられます。
(労働基準法第119条、120条)
制度設計や公正な運用のために会社は細心の注意を払わなければならず、運用を誤れば罰則の可能性あり。
そもそも会社には、大きな責任が伴う制度なのです。
そこに「金銭での買い取り」を追加すれば、制度を使いこなす難易度はさらに高まります。
私が休暇の買い取りに慎重なのはこうした一面もあるからです。
休暇買い取りの制度を導入する際にはこれらの事情を考慮して、十分に検討した上で実施しましょう。
2 「権利を使いきれないことがある」
慎重な私から、さらに追い打ち。
休暇買い取りの制度導入には、いくつかの難点があります。
これらを乗り越えることができるかどうかが、この制度を経営改善に活用できるかどうかの分かれ目です。
- 「休まない方が得」という誤った損得勘定がはたらく
- 「休まずに換金」という職場風土が築かれる
- 「買い取り費用」というコストを要する
- 外部から「休ませる努力が不足している」と見られる
私は、特に4の対処が最も難しくなると考えています。
「使いきれなかった休暇は会社が買い取る」という制度はすなわち、
「付与された権利を行使できないことがある」と表明しているのと同じように感じるのです。
その表明を、会社の外部である顧客や取引先、行政や求職者はどのように見て取るか。
それを想像すると、今は良くても、将来に向けて少しずつ、会社にとって不利に作用しそうな気がします。
有給休暇の権利を換金することを利益と考える人が、今の世の中にどのくらい多数派なのか、実際のところは私にはわかりません。
けれど、「多様な働き方」「仕事と生活の調和」「ゆとりある職業人生」を重視する人は確実に増えています。
有給休暇に限らず、育児・介護の休業や教育訓練・自己啓発の休業、仕事と治療の両立など、労働者は「休みやすい環境の充実」を求めています。
そんな時勢の中で、もっとも使いやすいお休み制度である年次有給休暇を「使いきれないかもしれない」と示唆する制度は、その会社の働き方に消極性があることを表すことになるのではないでしょうか。
どんな制度にも難点やリスク、デメリットはつきもので、それを乗り越えてこそ利益を得られるものですが、この「有休買い取り」は、利益に対して必要な労力が大きすぎるような気がしてなりません。
3 まとめ
冒頭で「経営改善に結びつける方法を探る」などと書き込んでおいて、結局は否定的な論調に至ってしまいました。
有給休暇買い取りの制度導入を考えている経営者の方は、私が述べた慎重論、否定論を、導入前に解決するべき課題だと受け取って読んでください。
これらの課題が解消されるだけでも、法に反しない適正な制度の設計ができると思います。
最後にひとつ、付け加え。
有給休暇の買い取り制度によって、従業員の働く環境をより良く変えようと考えている経営者のあなた。
ぜひ、その買い取り費用を、従業員の賃金引上げのために使うことを考えてください。
買い取り費用が総額でいくらになるかはわかりませんけれど、その原資を用いて賃金を改善する方が、よほど直接的に待遇が良くなります。
従業員の定着と新たな人材の確保のために、「有給休暇は休むための権利」として堅持することをおすすめします。
【関連ページ】
